「町のお医者さん」を志して起業
――まずはご経歴について教えてください。
神戸大学経済学部を卒業後、新日本監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)を経て、2019年3月まで株式会社KPMG FASで、主にM&A関連の業務に携わっていました。大型のM&A案件を多く担当し、会計や税務の知識だけでなく、企業の戦略的な意思決定プロセスについても深く学ぶことができました。
――2019年に独立、2022年にStepwise会計事務所を設立されたのには、どのような経緯があったのでしょうか。
KPMGでの仕事は充実していましたが、もっと直接的にクライアントと関わり、顔の見える距離で仕事がしたいと思うようになりました。例えるなら「町のお医者さん」のような存在ですね。クライアントの声を直接聞き、感謝の言葉を直接いただけるような関係性を築きたいと考えたことが、独立のきっかけでした。
独立後しばらくは個人で会計事務所を運営していましたが、同じように独立した元同僚の方と、共同事務所を運営する案が浮上しました。それぞれの強みを活かし、互いに協力し合えば、より良いサービスを提供できると考えたのです。その考えに共感してくれた他の仲間も加わり、2022年9月には新たにStepwise会計事務所を立ち上げ、今に至ります。
「デジタル対応力」と「人間味のあるサービス」の両立
――事業内容について教えてください。
バックオフィスサポート、スタートアップサポート、そしてIPOサポートの3本柱で運営しています。クライアントの成長段階に合わせて柔軟に提案するイメージです。
バックオフィスサポートは私たちの主軸となるサービスです。経理、財務、会計、税務などの業務を包括的にサポートしています。特徴的なのは、freeeやマネーフォワードなどのクラウド会計ソフトを積極的に活用し、フルリモートでの対応を可能にしている点です。クライアントの時間的な負担を大幅に軽減しています。
スタートアップサポートでは、会社設立時の各種手続き、資金調達のサポート、経営計画の策定支援などを支援しています。スタートアップの場合、ただでさえ使える時間や予算が限られているので、完璧を求めすぎるとうまくいかないことが多いんですね。そこで創業者やチームメンバーが本業に集中できるよう、限られたリソースを効率的に活用できる体制づくりを提案しています。
IPOサポートは、上場を目指す企業に対して、準備段階から実際の上場までをサポートするサービスです。内部統制の構築支援、財務諸表の適正性の確認、監査法人対応のアドバイスなどを行います。スタートアップの場合とは逆に、上場を目指す企業には、通常以上に厳格な会計処理や内部統制が求められます。上場基準を満たすための体制づくりを支援し、監査法人とのコミュニケーションにおいても、前職での経験を活かしたアドバイスを提供しています。
ほかにも、直近ではオンラインセミナーを実施したり他社と積極提携したりなど、より多くのクライアントの課題解決をサポートするため、活動の幅を広げています。
――事例や実績について教えてください。
実績としてわかりやすいのは、創業から70年近い企業のバックオフィスのデジタル化をサポートした事例です。この企業は、長年紙ベースでの経理処理を行っており、デジタル化に対して抵抗感を抱いておられました。しかし、前任の税理士さんが引退されるタイミングで私たちがサポートに入り、クラウド会計ソフトを導入。紙の書類のやり取りを可能な限りなくし、デジタル処理に移行しました。
最初こそ戸惑いもあったようですが、運用がうまく回り出すと、経理処理にかかる時間が大幅に減少し、結果的にとても感謝していただけました。さらに良いことには、リアルタイムで財務状況が把握できるようになり、経営判断のスピードも向上したのです。
うまくいった要因としては、デジタル化の利点を丁寧に説明しながら段階的に導入したことが大きかったと思います。また、一足飛びにフルリモートへ移行するのではなく、対面でのコミュニケーションを大切にしたことも奏功しました。まずは「大川さんが勧めるならやってみようか」と言ってもらえる信頼関係を築くことこそが、何よりも大事だと思っています。
――強社ポイントを教えてください。
スピーディな「デジタル対応力」と「人間味のあるサービス」、この2点を高いレベルで両立できることが、私たちの最大の強みであると考えています。
例えば、クラウド会計ソフトのAIによる自動仕訳はとても便利です。従来、紙の領収書や請求書は、税理士が1枚1枚手作業で入力していました。クラウド会計ソフトの場合、クライアントにスマートフォンで撮影していただくことで、AIが自動で内容を認識・仕訳してくれます。これにより私たちの作業時間は短縮され、クライアントからの相談事項や改善提案により多くの時間を割くことができるようになりました。
また、フルリモート体制を構築していることも大きな特徴です。クライアントとのコミュニケーションではSlackやZoomなどのツールを使用し、データのやり取りもクラウド上で行います。これにより、場所や時間の制約なく、スピーディにサービスを提供できるようになりました。最初は「え?来てくれないの?」とおっしゃっていたクライアントも、税理士がやってきて事務所で半日作業をするのに付き合わなくて良いとわかれば、そのメリットに気づいてくださいます。お互いにとって、時間やコストの大幅な削減になるのです。
ちなみに、このデジタル化とリモート対応は、コロナ禍においても事業を止めることなく継続できた要因でもあります。危機に強い体制を構築できたことは、大きな成果です。
ただし、デジタル化を進める一方で、私たちが最も大切にしているのが、迅速なレスポンスと親身な対応、誠実な提案などの「人間味のあるサービス」です。先述の通り、デジタル化によって効率化された時間を、より深いコミュニケーションや戦略的なアドバイスに充てる。つまり、デジタル対応力が高いからこそ、より人間味のあるサービスを提供できると考えています。例えば、AIによる自動仕訳で時間を節約できれば、その分クライアントの事業戦略について深く対話する時間が増やせます。リモートツールを活用することで、クライアントとより頻繁にオンタイムなコミュニケーションを取ることができます。
デジタル化と人間味のあるサービスは、相互に補完し合う関係にあるのです。この両立こそが、Stepwise会計事務所の最大の強みであり、クライアントから高い評価をいただいている理由だと自負しています。
謙虚と誠実を大切に、共同体として日々向上
――今後のビジョンについて教えてください。
私たちは、単に事務所の規模を大きくすることは目指していません。むしろ、「共同体としての成長」を重視しています。メンバーがそれぞれ専門性を高め、良質な仕事をすることで、クライアントからの信頼を皆で高めていく。そんな共同体であり続けたいと考えています。言い換えるなら、お互いの個性を尊重しながら、協力できる部分で力を合わせるといった、バランスの取れた関係性を維持していきたいと考えています。
また、特に紙の領収書等の処理に多くの時間を取られている会社さんや個人事業主の方に、デジタル化のメリットを実感していただければと思っています。そのためにも、弊所のサービス内容と強みをもっと多くの方に知っていただけるよう、地道に営業・広報活動を続けていきたいですね。
――仕事上で大切にされていることを教えてください。
「謙虚であること」と「仕事とクライアントに対して誠実であること」です。まだまだ学ぶべきことがあるという謙虚な姿勢を持ち、先生然としないこと。そして、クライアントの利益を最優先に考え、真摯に向き合うということです。
ときには、法律に抵触するような要望や、長期的にみてクライアントの利益にならない要望をお聞きすることもあります。そんなときは、しっかり「ノー」を伝えなければなりません。ただし、そういった場合でも単に拒否するのではなく、なぜそれが問題なのか、どのような代替案があるのかを誠実に説明し、クライアントと一緒に最善の解決策を探ります。この姿勢が、長期的な信頼関係の構築につながると考えています。
座右の銘は「謙虚と誠実」です。毎日、特に忙しい時期こそ、頭の中で唱えるようにしています。人間は忙しくなると、つい雑になったり、短気になったりしがちです。だからこそ意識的に、ビジネスの世界でもプライベートの場面でも、この姿勢を貫くことで、より豊かな人間関係を築いていけると信じています。